2016年 年末を迎えて

      2017/07/29

今日は、歯医者とか、治療のはなしではありません。

 

今の社会での人間の『生き方』『考え方』について、

僕の思いを少し書きたいと思います。

 

ん??? なに??? と、思われるでしょうね。

吉田歯科では今年の3月から、2016年3月から、

保険診療から自由診療へ移行するべく、

いろいろと、思考錯誤をしてまいりました。

8年間あまり行ってきた保険診療をやめて、

自由診療に変更しました。

 

歯医者で “自由診療” と聞くと、

インプラント、セラミック、白い高級な歯ばかりを

すすめるようなイメージがあると思います。

そして、 “自由診療” というと、

 “都会の歯医者” というイメージなのでしょう。

吉田歯科のある 大阪府 泉南市 樽井 という地は、

大阪ではありますが、決して都会ではありません。

むしろ、いなかです。

海が近くにあるのんびりした地域です。

なので、保険診療をやめて、自由診療にしようしたとたん、

『先生!何考えてんのん?』

『気持ちはわからんでもないけど、先生、つぶれるで!』

『庶民をみすてるんですか?』

と、多くのひとに言われました。

また、『もうけ主義に変えたらしいで』とか、

『吉田歯科の先生、悪いことして、保険医停止になったらしいで。』

とか、まぁいろいろと言われました。

 

 

ただ患者さんの事だけを考えていたいだけです。

本来、歯医者も歯科衛生士も受付もスタッフも、

ただただ、患者さんだけのことを考えて、

ただ患者さんのためだけに集中して治療や説明を行いたい

と、思っているはずなんですよ。

ところが、そうしようとすればするほど、

今の保険制度ではむずかしいんですよね。

そう思いつづけて20年。

大学を卒業し、色々な所で勤務する中で、

本当に苦労されている院長先生や諸先輩方をみてきたわけです。

『俺なら開業して、もっとうまくやれるのになぁ』

そう思って縁があって、泉南市樽井で開業しました。

親切やし、痛くないし、すぐ終わるし、などなど、

患者さんから、たくさんほめていただきました。

たくさんの患者さんが来てくれました。

でも、ぜんぜんうまくいかないんですよね。

 

 

 

この日本では、保険証一枚を提出すれば、

どこでもそれなりに満足できる治療が受けられるはず。

高い保険料を毎月支払っている患者さんからすれば、

そう思うのは、あたりまえの話です。

私自身も、患者さんがそう思うのは当然だと思い、

きびしい現実、時間に追われる現実と向き合って、

 

これまで必死で頑張ってきました。

でも、そんな患者さんの望みをかなえてあげられず、

もはや自分の行っている診療や対応が、

自分がされたい診療や対応ではなくなりました。

そのあたりの細かないきさつや、いろんな出来事については、

ここに書こうと思っても、とても書ききれません

 

 

自由に診療をしよう、そう考えてこの1年、

僕が感じた、今の社会での、

『生き方』や『考え方』について、

書き残しておこうと思います。

うっとおしい話かもしれませんね。

ごめんなさい。

 

 

 

 

今の社会では、

『こうしたい』『こうなりたい』

と、思っている人に対して、

何かにチャレンジしようとする人に対して、

『いやぁ~、それはむずかしいんじゃないの』とか、

『やめといたほうがいいよ、現状維持でいいじゃない』とか、

『そんなの絶対無理だって』と、言う人が多いです。

 

でもそれは、決して相手をバカにしてるわけではなく、

むしろ、相手を思うからこそ、

相手のことを考えてくれるからこそ、

言うのだと思います。

 

だれでも幼稚園の頃は、目がキラキラ輝いていて、

なんにでもチャレンジしてたはずです。

例えば自転車に乗る、なんて、子供にとっては一大チャレンジです。

運動神経のいい子はササッと乗れるかもしれないけど、

どんくさい子は、時間がかかります。

こけてこけてこけまくる。けがしてすりむく。


 

子供が自転車に乗れなくて、こけまくる場面。

子供『いたーい!ぜんぜん乗れない!』

お母さん『まだ、あんたには早いって!』

子供『いやだ!まだ乗るの!絶対乗る!』

お母さん『もう、勝手にしなさい!』


 

なんか、よくありそうな会話だと思いませんか?

子供の頃って、まわりに何を言われても、

自分ができないことに対して、『もうダメだ~』とか

落ち込むようなマイナスの解釈を入れずに、

自分ができないことを分析して、

周りで、できている子のをマネしながら、

どうすればできるのかを考えて、

何度何度もチャレンジするんです。

でも、小学校、中学 高校 大学 と進むにつれ、

いつの間にか、チャレンジしなくなる。

本当は、好きなことでも、あきらめてしまう。

今、自分に出来ることだけを好きになってしまう。

 

 

なぜでしょうか?

それは、今の社会、親や教師、大人が

『今の実力に合った生き方をするべき』

という生き方を、子供たちに、

ひたすらにたたき込むからだと思うんです。

 

 

その結果、

 

行きたい高校ではなく、行ける高校を受験する

好きな科目ではなく、点数の取れそうな科目を選ぶ

大学では、行きたい講座ではなく、単位が取れそうな講座を受ける

自分が入社できそうな会社を選ぶ

自分でやれそうな転職先を見つける

 

という考え方を持つようになる。

また、社会全体も、そういう生き方を推奨する。

だから、自分がどうしたいか、

何がしたいのか、なんて考えなくなる。

 

これは、幼稚園から小学校に入るころに、

協調性と言う名のもとに、

集団行動を強制するところから始まるのではないか、

と、僕は考えます。

いや、決して、それがダメだ、と言いたいのではなく、

それが今の日本の社会なのかな、と思うのです。

 

 

 

リレー選手を選ぶにしても、

今、足が速い子しか選ばれない。

文字通り『選抜』です。

今、速いから選ばれるんであって、

リレーに出たい!って思っている子は選ばれない。

リレーに出たいから速く走れる訓練をしたい、

という子もゼロではないが、

多くはないし、それを教師もすすめない。

今現在、足が速い子しか選ばれない。

だから

『だれだれ君は足が速いから選ばれるよね』

とか、

『おれは、足おそいから無理』

という話にしかならない。

 

 

テストで点数を取るのがよくて、点数を取れないのはダメ、

絵は上手なのがよくて、絵がヘタなのはダメ、

などなど。

算数の点が低いからダメ、という教育をしなければ、

算数の点が低くても、算数が好き、

という子がたくさん出てくるかもしれないし、

英語が満点でもほめない、という教育をすれば、

満点とっても英語を好きにならないかもしれない。

 

 

出来ることと、好きなのか嫌いなのかは、

本来、全く別のことで、全く関係ないはずなのに、

現状では、大人も子供も、ほとんどの人が、

出来ることが好きなことで、出来ないことは嫌いなこと、

として定着しているのではないでしょうか。

それが、人間の生き方としての可能性を、

どんどんせまくしているような気がします。

 

宿題なんてやらなくてもいい、提出物もテキトーでいい、

好きに学校を休んでもいい、もっと自由でいいじゃん!

って、話ではありませんよ。

 

 

なので、子供をほめる基準として、

よくできた子や、成功した子だけをほめるのではなく、

頑張ってチャレンジした子や、

頑張ってやり続けた子に対しても、

結果がどうであれ、

ほめてあげれば、いいのかもしれませんね。

できる子、できた子だけをほめるのではなく、

できなくても頑張った子もほめてあげれば、

日本の文化が変わってくるかもしれませんね。

 

 

そうなれば、その時にできてるか、できていないか、

は、あんまり関係がなくなって、

本当にやりたいことをやり続けて、

いつかは成功をおさめる大人がたくさんいる、

子供が未来に対してワクワクできる、

世の中になるかもしれませんね。

みんな平等だ!差別はイカン!って話じゃないですからね。

 

 

もちろん、できた子、できる子は、ほめてあげましょう!

優勝、一等賞は、もちろんほめたたえましょう!

2位も3位も、ほめたたえましょう!

そんなのはあたりまえの話です。

 

 

すいません。長々と。

 

 

では、また来年。良いお年を。

 

 

 

 

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